名古屋高等裁判所 昭和43年(く)35号 決定 1968年11月01日
主文
原決定を取り消す。
検察官の申立人に対する刑の執行猶予の言渡取消の請求を棄却する。
理由
本件抗告の理由は、末尾添付の「即時抗告の申立」と題する書面に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、原決定には、訴訟手続の法令違反があるから、これが取消を免れない、というに帰着する。
そこで、申立人に対する刑の執行猶予の言渡請求事件記録を調査し、更に、当審における事実取調べの結果に徴すると、
(一) 申立人は、昭和三九年九月二一日名古屋地方裁判所において、暴行罪により、懲役八月、ただし四年間保護観察付の刑執行猶予の判決の言渡を受け、同判決が、同年一〇月六日確定したこと、
(二) 申立人は、その後、右の刑執行猶予の期間内に再び罪を犯し、昭和四三年七月一六日前同裁判所において、恐喝罪により、懲役七月に処せられたが、同判決については、申立人の弁護人が控訴を申し立て、名古屋高等裁判所にこれが繋属中であったこと、(もっとも、申立人は、原決定が告知された後に右控訴を取下げた。)
(三) 名古屋地方検察庁検察官は、昭和四三年九月二七日名古屋保護観察所長の申し出に基づいて、原裁判所に対し、前記刑執行猶予言渡の取消請求をしたこと、
(四) 原裁判所の係書記官は、同年同月二八日名古屋拘置所に在監中の申立人に宛て、前記検察官からの刑の執行猶予の言渡取消請求書の写を添えて、書面送達の日から三日以内に原裁判所に右の刑の執行猶予の言渡取消請求についての意見書を提出するよう記載した「求意見書」と題する書面を送達したこと、
(五) 申立人は、同年九月三〇日ごろ、右の刑の執行猶予の言渡取消請求事件(以下単に取消請求事件と略称する。)について、さきに恐喝被告事件について申立人のために控訴を申し立てた清水弁護人と打合わせをするため、名古屋拘置所内から右弁護人に宛て、至急面会に来てもらいたい旨の電報を打ち、またそのころ前記「求意見書」と題する書面の裏面に、「私は、執行猶予、保護観察の身で規則を守らず、此の様な罪等を犯した事深くお詑び致します。私には年老いた祖父母、二才の子供等の居る身です故、何卒執行猶予を取り消さない様にして下さい。
私は現在腰痛、痔刻の病で病舎生活を送っている次第です。長く座れない有様です。出所してからの働く所も今迄私が働いて居た所で、再入社で働かせて致だける様になって居ます。今は毎日深く反省をして、今後は此の様な反社会的な事は絶対に致しません事を堅く心に誓って居ります。何卒今一度御寛大な御処置をお願い致します」なる文章を記載して、これを同じ九月三〇日担当看守の手を経て原裁判所に提出したこと、
(六) 原裁判所の担当裁判官は、同年一〇月一日右書面を見たうえ、同日午前九時四〇分ごろ、取消請求事件の口頭弁論期日を同日午後二時三〇分と指定したこと、
(七) 前記清水弁護人は同じ一〇月一日午前一一時ごろ前記名古屋拘置所を訪れ、申立人と面会したうえ、同人に対し、後日前記取消請求事件につき、原裁判所から呼び出しがあった際は、再び連絡するよう申し向けて帰ったこと、
(八) 原裁判所の係事務官は、同じ一〇月一日午前一一時過ぎごろ、前記拘置所の出廷係に架電し、申立人に対する前記取消請求事件の口頭弁論期日が同日午後二時三〇分と指定された旨を告げ、申立人にその旨を伝えるよう依頼し、かつ、その際、申立人を右時刻までに原裁判所の法廷に出廷させられたい旨連絡したこと、
(九) 原裁判所は、前同日午後二時三〇分ごろ、申立人に対する前記取消請求事件について、口頭弁論を開き、申立人を初め、検察官、保護観察官の各意見陳述を聞いたうえ、前同日名古屋地方裁判所が昭和三九年九月二一日申立人に対してなした刑の執行猶予の言渡を取り消す旨の原決定を告知したこと、
(十) 右の口頭弁論に、申立人の弁護人は立ち合わなかったこと、
(十一) 原裁判所は、右の口頭弁論の際、担当裁判官が申立人に対し、右の取消請求事件について、弁護人を選任する意思があるかどうかを尋ねたに止まり、それ以前に右取消請求事件につき、刑事訴訟規則第二二二条の七第一項所定の手続を適法に履践した形跡がないこと、
などが認められる。もっとも、申立人に対する前記取消請求事件記録に編綴された聴取者を裁判所書記官今泉典雄とし、相手方を名古屋拘置所近藤等とした電話聴取書には、右の裁判所書記官今泉典雄が右の近藤等に対し、昭和四三年一〇月一日午前一〇時三〇分電話で申立人に対する刑の執行猶予の言渡取消請求事件の口頭弁論期日が同日午後二時三〇分と指定されたこと、および同口頭弁論に弁護人を選任することができる旨を申立人に伝えるよう依頼した趣旨の電話聴取の記載が存するが、右の記載内容は、≪証拠省略≫に照らし、たやすく措信できない。以上認定の事実関係に徴すれば、原裁判所は、原決定をなすにつき、刑事訴訟規則第二二二条の七第一項所定の手続を経ていないことが明らかであるから、論旨は理由があり、原決定は取り消しを免れない。而して、名古屋地方裁判所が昭和三九年九月二一日申立人に対して言い渡した懲役八月、四年間保護観察付の刑執行猶予の判決は、昭和四三年一〇月五日の経過と共に、その効力を失い、右の刑執行猶予の期間は既に満了したことが記録上明らかであるから、現段階においては、もはや右の刑執行猶予の取消をすることはできない。それ故、検察官の前記刑の執行猶予の言渡取消請求は、結局失当としてこれを棄却しなければならない。
よって、本件抗告は、理由があるので、刑事訴訟法第四二六条第二項により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 上田孝造 裁判官 藤本忠雄 服部正明)
<以下省略>